その視線の先に見ているものは?
急激に貧血が進み、みるみる体調が落ちていった大正生まれの男性。
2回輸血を繰り返し、輸血直後はそこそこ体力が戻るんだけど日を追うごとに貧血は進み、全身真っ白。
本人も家族も納得の上、時の流れに身を任せ自宅で最期までゆっくりしましょうということになった。
家族介助でシャワーを浴びたら意識消失。
家族も自宅浴の限界に納得し、風呂好きな彼のために訪問入浴を依頼した。
その日は入浴初回の日。
入浴前に終わるよう、朝イチから点滴で訪問。
体力温存のためにケアは最小限にして、彼と色んな話をした。
「あぁ…ぐるりさんか…。娘かと思った…。何がなんだか解らなくなってきたな…。」
「娘さん?この前会いたがってた妹さんじゃなくて?」
たった一人存命の一回り離れた妹さんの事が気にかかっていて、その事を私からご家族に伝えたら、なんとか電話で話すことが出来たらしい。
妹さんも要介護状態で直接会うのは難しかったとか。
「そうそう。話したよね。ありがとう。家族に頼みずらかったんだよ。」
それからは戦争で中国まで出兵したこと。
終戦後、日本に戻り最初に降り立ったのが長崎の佐世保だったこと。
19で父親が他界して長男として一家を守ってきたこと。
先に亡くなった奥様のこと。
熱心に世話をしてくれている長男夫婦のこと。
ひ孫のこと。
いつも気だるげに言葉少ない彼が、顔をほころばせながら話してくれる。
うんうんと頷きながら、ふと、聞いてみた。
「もう思い残したことは無いですか?もう一度行きたいところ。もう一度会いたい人。家族に伝えておきたい言葉。そんなものは無いですか?」
彼は暫くどこかを見つめ、ゆっくりと答えてくれた。
「…何もないよ。本当に。若い頃は欲もあった。いつの頃からか、欲をかいても仕方がないと思うようになった。そうして生きてきたら、今のように家族がいてくれた。だからもう、何もないんだよ。」
とても遠くを見つめているような彼の眼差し。
本当は何か思うことがあるかもしれない。
でも、それを探るようなマネはしたくないなぁ。
「そうですか。私もそのうち、そんな心境に至りたいな(笑)」
「ここで100年近く生きてきて、周囲はみんなあの世にいる。そのくらいになったらぐるりさんもわかるかもしれないね。」
自分の足で一歩一歩しっかりと下山をされているかたの、言葉の重みに返す言葉が見当たらず。
しっかり握手して「またお伺いします」と笑顔で退室してみました。
学ぶことばかりです。